【まちづくり委員会】真陽地区訪問(R5.5.19~R5.5.20)

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令和5年5月19日~5月20日で神戸市長田区真陽地区の真陽フェスティバルに行ってまいりました。真陽に行くのは2010年の5月15日以来でしたが、震災から28年経ち、私の訪れた2010年から13年過ぎた真陽の様子を見て、フェスティバルに参加して来ました。

 私が以前訪れた2010年当時は震災15年目で、まだ復興途中で高層の復興住宅が完成してやっと入居が始まった頃でした。震災の傷跡もまだ残り、所々にある空き地も震災の様子を伝えていて痛々しいとも感じましたが、ビルが倒れた空き地のすぐ横で古い民家が目立ったキズも無く建っている様子は、地震の不思議さと怖さを教えてくれました。

阪神・淡路大震災記念・人と防災未来センターで見た震災の様子は驚きの連続で、その後の地震への認識に大きな影響受けました。

 復興のシンボルだった15mの鉄人28号の前には沢山の人が集まり、色々な所に建築現場があり、復興途中の活気も感じました。13年経ち朝訪れた鉄人28号の公園は、恋人らしきカップルが一組だけ話しをしている静かな公園で、復興のシンボルだった鉄人28号も今ではすっかり見慣れたモニュメントになっていて、町に溶け込んでいる様にも思いました。

以前の様な目だった空き地は殆ど無く、説明を受けた中ではビルの倒壊後駐車場になっているという場所が一箇所あっただけで、古い家と新しい家が混在した大震災を感じさせない普通の町でした。

 震災前16万人いた長田区の人口は現在10万人程度に減少しているそうで、都会でも人口減少がすすんでいるのかと驚きましたが、若い人も多く、紹介される防災関係者も皆若く防災が特別な事ではなく生活の一部となっているようでした。

 神戸でも真陽は、下町風情が残り生活圏と商業圏が混在していて、地区の中で働いている若い人も多く、その人達が次の世代を担って行く自覚を持っているのを感じましたし震災を乗り越えた世代から震災を子供の頃に経験した世代への交代が順調に進んでいるのが見て取れました。

又、町中で皆が知り合いの様で、会う人会う人気軽に挨拶し合う様子は、いざという時はその様な関係が纏る力になるのだろうと思います。


人口が密集している、海抜が低く南海トラフでは津波の被害が想定されている、震災当時小学校に3000人が避難していた等、三穂では考えられない防災上の問題が沢山あるのだろうとは思いますが、色々な防災の施設等の説明を受けながら真陽の人達の防災のオピニオンリーダーとしての自信をひしひしと感じました。

 真陽とは違った自然環境、生活環境の中で三穂では真陽とは違った防災体制が必要なのは明らかですが、防災について考える良い機会になったし、いざという時は真陽の人達の様に知り合いの為に働ければと思います。

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